衣川大先生の見聞会講話集「21世紀を幸せに生きる」より

平成22年6月27日 ベストグループ九州見聞会



※前回の御講話の続きから掲載させて頂きます。


必ず死ぬのです。善い人で長生きする人もおられるのです。泉重千代さんは素敵な方でしたが、人間は長生きしたから立派とか、ではないのです。

 皆、長生きするだけが人生と思っていますが、苦しくて長生きをしている人を沢山見てきました。あっちの病気、こっちの病気、・・・・・・で苦しみながら、はあはあ言いながら。それよりも、たとえ人生が短くても、「善い人生だったな」と思われた方が善い人生かも知れません。

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 私は六十才で、少しはそういった境地に立たせて貰っていたものですから。医者が十人のうち八人位は明日か明後日かと言われても、「そうですか」と全然、死も感じませんでした。そうしたら、善い事を日頃からさせて貰っていたのですね、「日本が道徳に満ちた国になる事と、命を大切にする国になるお手伝いをさせて頂きたい」ということで創られたグループですから、私自身が世の中の役に立たせて頂きたいということでさせて貰っていたのですが、昔の悪い種が実ったのです。撒いた種は必ず実るのです、作物と同じですから。でも良い種も大分撒かせて頂いたのでしょう。良い種が相当実っていたのでしょう。合計したら、悪い種よりも良い種が多かったもので、一晩で六四〇〇が三〇〇〇台に下がったのです、ただ寝ただけで。

 医者はびっくりしていました。これだったら、今日、三重大学に行く予定が行かなくても良いなあ。「でも、三重大学の担当の先生に言ってありますから、とにかく行って下さい」と言われ、行きましたら、三重大学の担当の先生から、「入院していた病院に帰っても良い」と言われました。

 その時私は、糖尿病が酷かったのです。三十八歳の時に会社を経営させて貰っている時に、悪い人間になっていまして、日本で一番欲ぼけの男になったのです。支店も全国に出しました。当然、欲が強くなると、人間が汚くなるでしょ。汚くなったら、人を傷付けたりするでしょ。そうしたら人を苦しめた分だけ、全部十倍になって返って来るという宇宙の法則があったのです。

 会社が四十一才から潰れかけまして、運に見放されたら何をやっても駄目です。その時に既に糖尿病もあったのです。そういう風に体のあちこちが病むのは、精神的に病んだ時なのです。その肝炎よりも、「糖尿の方が悪い」と言われたのです。医者がびっくりしていました。そして、「治療をしなさい」と言われたのです。二十年間糖尿病を放置していました。この際、治療させてもらいます。「三週間ほど入院をしなさい」と言われましたので、三週間ほど私は何にも仕事をしていません。まず体を健康にすることが大事じゃないですか? 食べ物の勉強もしました。ちゃんと体を回復してから、私は仕事に復帰しました。お金と体はどっちが大事ですか? 私は、お金よりも体が大事なのです。私が死んでしまったら、皆さんのお役に立てないのです。もうちょっと長生きして皆さんのお役に立ちたいのです。

 私は、自分が成長するために努力をさせて頂きます。自分が成長すれば周りの人のお役に立てるから、自分が能力をどんどん開発させて頂ければ皆さんのお手伝いが出来るからです。自分が成長しなければ、人のお役に立てないじゃないですか?

 私は、「経営とは、経営者の人格の現れ」と二十七才の経営者時代からずっと思っていたのです。だから、自分の人格が仕事に全て現れるのです。それをあなた方は知っていないのです。人格の現れなのです、私たちの人生は。人が生きるということは、人の生き方が人生じゃないですか?
 
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 今の日本人は、こんなことに気付く方が少なくなったのです。これがこの20年前から無くなったのです、日本人がいつの間にか忘れていったのです。今の世の中は、考えられない。それは命の尊さが分からない人間が増えたからです。「命って何ですか?」と言うのです。今の子供は、命って知らないのです。今の大人は、道徳を忘れたのです、人の道を。人倫に反することをへっちゃらでしているのです。それでは仕事はうまくいきません。

 私たちは小さい頃、「武士は食わねど高楊枝だ」と、どんなに腹が減っても人のものには手をつけるな。どんなに苦しくても人の道に反してはいけない。今、そんな人は少なくなりました。「苦しかったら人を傷つけてもよい」、「飯が食えなかったら人のものを盗ってもよい」、そんなことを言う人間が増えてきたのです。だから悪い事をへっちゃらで、するわけです。「苦しかったら、仕方がない」と

 「仕方が無いじゃない、どんなことがあってもそれだけはしたらいけない」という教えをする人が少なくなったのです。

 人の道って知っていますか、分からないですね。忘れてしまったのです。私は本場インドに行きまして、丸十七年の間、数万年前、一万五千年前、五千年前の教えを学び続け、今も年に三回、一回につき三週間もお伺いさせて頂いています。

 私は、一度で幸せになろうとは思っていません。一つのことをやり遂げるにも必ず道があります。自分のものにするまでは、必ず善くなったり悪くなったりします。自分のものになった時に初めて、悪くなったときに乗り越えられるのです。自分のものにする度に悪くなっては乗り越えていく、それが成長の証だと私は思うのです。それをそう捉える人は今は少ないです。

 善くなったら当たり前、悪くなったら、「何で?」と言うのです。悪くなったら、「成長しなさい」ということです。「何にも無い」ということは、寧ろ、今危険が来ているのです。自分の姿勢をいつも考えるのです。善い印象を与えているのか? 

 私が三十八才の時、多い時には数千名が働いて下さっていたのです。私は、ちょっとだけやり手だったのです。その時に自らを一番律したのです。会社が潰れかけた時が四十一歳、どん底が四十三歳の時です。

 「社長、社長が悪いのでしょ? 会社を潰しかけたのは。社長あなたが悪いのです。自分が潰しかけたのに、人のせいにしないで下さい。いつも会社に来たら、ニコニコして下さい」と言われました。
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 凄い社員さんだったのです。「おはよう!」と笑ったものです。訓練したのです。人は笑顔に寄ってくるのです。

 私はチャレンジが大好きなのです。チャレンジ、チャレンジ、マイ チャレンジ。人間は絶えず挑戦なのです。人格の挑戦なのです。そこの違いなのです。

 ベストグループは、この体を正しく用いることを学んでいるグループなのです。車の運転は法規があって、ちゃんと教えて下さいますけど、私たちがこの体をどんなに善いことに使うのかということを教える方が、今の日本には数少なくなったのです。私共は人間が作った道徳だけでなく、この宇宙の大法則を学んでいるのです。ありがとうございました。

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